やさしくなりたい?

やさしくなりたい?
やさしくなりたい、っていう歌あるよね。
私の知り合いでもバンド活動している人がいて、
今流行っている歌よりもずっと前に「やさしくなりたい」っていう
曲を作っていたんだ、って自慢げに話していたの。
そう思うと、結構「やさしくなりたい」っていうフレーズを
歌や小説やポエムやその他いろいろ、多くの人が何かしら書いて
いるんじゃないかな、って思う。
でもさ、誰にやさしくなりたいの?
恋人?家族?友達?それとも…誰にでも?
それはきっと違う。
多分、自分にやさしくなりたいんじゃない?
自分にやさしくできないのに、ポイントのない出会いサイトにやさしくできるわけがない。
やさしくなるのって、実に難しいことだと思う。
ここで疑問が起きてくる…やさしい、って何?
そう思い出したら、きりがない(笑)
でもほんとに、やさしさってどういうことなんだろうね。
一歩間違ったら、やさしさは残酷なことだってあるわけでしょ。
自分にいくらやさしくするのだって、
都合のいい人間に成り下がってしまう完全無料の出会い系もある。
女性はよくやさしい男性が好き、って言うけれど、
それは女性の勝手な男性への押し付けに過ぎない。
じゃあ、どういう人がやさしい人、っていうのかな?
親切になんでもやってくれる人?
よくおすそわけしてくれる人?
話しかけてくれる人?
“優しい”って辞書で調べてみると、
情けがある 思いやりがある 情け深い 恵み深い 哀れみ深い 親切 温厚
って出てきた。
こうやって意味が羅列していると、仏様を思い出すね。
こんなの仏様にしかできないことだよ。
実際、仏様みたいな人、私の周りには…残念ながらいない。
優しさは究極のお慈悲なのかもしれないよ。
だから優しくされる、っていうことは、どこか馬鹿にされているってことなのかも。
私って、実にひねくれものだよね(笑)

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